潮風に導かれ…… 〜くろえの旅行記〜

小説のような旅行記を。

本州・四国・九州横断旅行 2

 18きっぷ2日目、旅の3日目。松山を朝早くに発った。向かったのは八幡浜。そこから九州行の船が出るためである。電車で眠りながら八幡浜に着いた。

 

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 八幡浜港まで数十分歩いた。フェリーターミナルに到着し、臼杵行の切符を買う。行き先は別府と臼杵の二つがあるが、臼杵の方が若干近く、安い。煙草をふかしながらフェリーへの搭乗を待った。

 

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 いよいよフェリーの到着である。私は九州上陸への期待に胸を膨らませながら船に乗り込んだ。

 

 臼杵に着くと、まずは臼杵城に向かった。こちらも天守はない。一見すると普通の公園のようであり、実際そのように利用されているようだった。しかし所々に石垣などが残っている。

 

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 梅林では梅が綺麗な花をつけていた。梅や桜を見ると春を感じるものである。この日は暖かく、上着を脱ぐほどであった。

 

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 臼杵城を後にすると、のんびりと臼杵駅へ向かい、次の電車を待った。

 日豊本線に乗り込んで、次に向かったのは別府。言わずと知れた温泉街である。別府地獄めぐりをしたかったのだが、想定外に広く、また料金も高かったので、今回は海地獄を中心に二ヶ所に立ち寄るに留まった。

 海地獄は恐らく別府観光の中心であろう。熱湯が湧き出し、湯煙が遥か高くまで立ち込めていた。

 

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 もう一ヶ所は鬼石坊主地獄である。こちらはついでに立ち寄ったに過ぎなかったが、個性的で存外面白いものが見られたと思った。灰色の泥のように見えるところから湯煙が立っている。

 

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 以上二ヶ所を周り、それぞれで足湯にも浸かったが、この辺で時間がなくなり、別府を去ることにした。この日はもう一ヶ所寄りたいとことがあったからだ。それが由布院である。大分に来て温泉に入らないという手はあるまい。

 

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 由布院で老舗の公衆浴場に浸かった。旅の疲れを癒す温泉は格別なものである。いいお湯をいただけた。

この日の行程はこれで終わりである。私は再び別府へ向かった。泊まるのは悲しいことに温泉旅館などではなくネカフェである。途中の道で別府タワーも見ることができた。

 

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 4日目。18きっぷ3日目。別府から出発し、大分から豊肥本線に乗る。しかしここで寝過ごしをやらかしてしまい、予定が総崩れになった。大分駅前のカフェに入って旅程を何とか立て直す。そして気を取り直し、阿蘇へと向かった。

 宮地で降り、阿蘇神社を目指す。しかし、阿蘇神社は未だ熊本地震の影響で修復中であり、楼門は工事中で写真が貼られてあった。本殿はしっかりあったので、参拝。

 

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 宮地駅でのんびり電車を待って、熊本に向かった。熊本に着くと食べたくなるのはやはり熊本ラーメンマー油の味わいがたまらなく美味しい。というわけで熊本ラーメンをいただいた。

 

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 4日目は大幅な旅程の修正を迫られたが、それらは5日目に無事回収されることとなる。

 

 5日目。18きっぷ4日目。まず向かったのは三角。まだ暗い時間に熊本駅に着いて、三角線に乗り込む。

 三角に着くと、豪奢な駅舎に迎えられた。三角西港には明治時代の建物がそのまま残る。それを意識してのことだろう。

 

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 三角西港までは徒歩30分くらいあった。ひたすら歩いていくと、ようやく到着。

 三角西港世界遺産明治日本の産業革命遺産」の一部である。明治時代に開かれた港には、今も数多くの洋館が残る。日本の重工業の発展を示す名所の一つであると言えよう。余談だが、私は世界遺産検定1級を持っている。

 

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 帰りはバスに飛び乗り、三角駅へ。そこから熊本駅へ戻り、次に水前寺に向かった。

 新水前寺駅で下車し、しばらく歩くと、美しい庭園が待ち構えていた。典型的な池泉回遊式庭園である。時間があったので、私は暫しベンチに座って鳥を眺めていた。

 

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 再び熊本駅へ戻り、暫くお土産などを眺めた後、バスに乗り込んだ。熊本港へ向かうためである。バスでは寝てしまい、いつの間にか到着していた。

 ここで島原行の切符を購入。3回目の船である。今回はどうも船旅が多い。私は酔い止めを飲んだ。

 煙草をふかして待っていると、島原行の船のお出ましである。島原までは1時間ほどの航路であった。

 

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 島原港に着くと、島原鉄道に向かう。島原港駅は無人駅であった。島原駅で降りると、すぐ目の前にお城が見えた。

 案内に従っていくと、駅と反対側に正面入口はあるようだった。坂道を上って、島原城に至る。立派な層塔型の天守に迎えられた。

 

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 高層なだけあって内部の展示も充実している。潜伏キリシタンの歴史が詳細に記述されていた。また、上からの眺望も素晴らしいものであった。

 

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 本当ならアイマスPの間で密かに聖地扱いされているエレナ島原店(エレナは長崎・佐賀に展開するスーパーマーケット)にも寄りたいところであったが、時間がなかった。城を降りると、駅のベンチで諫早行を待った。

 島原鉄道は海沿いを走る鉄道である。時折車窓に映り込む海は綺麗というほかなかった。海の際に位置する駅もあった。利用者は果たしているのだろうか……。

 諫早に着くと、JRに乗り換え、18きっぷの復活である。その足で博多を目指した。この道程は長く、暇を持て余した。

 博多駅に着いた頃には夜も深まっていた。開いているラーメン屋も少ない。そんな中で、博多に来ると必ず訪れる店があった。声優の麻倉ももさんが推している牧のうどんである。

 

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 美味しいうどんを頂いたあとは、そのままネカフェに向かった。この日は特別疲労が溜まっていた。いつものフラットシートに寝転んだ時の快感は忘れられない。この日はお酒も飲まずに眠りについた。

 

 最終日。ちょうど18きっぷ最後の日である。そうなるように調整しているのだから当然ではあるが。

 またしても朝早くに飛び出し、宗像大社を訪れた。宗像大社世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成遺産で、九州本土にあるものは辺津宮と呼ばれる。東郷駅からバスで訪れた。静謐な拝殿の前で、参拝。

 

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 今回の旅はこれでおしまいである。後はひたすら、半日以上電車に揺られながらひたすら家を目指した。暇で仕方がないし相当精神を削られたが、仕方のないことであった。途中、乗り換えの待ち時間に広島駅でお土産を買った。他にも何ヶ所かでお土産を買っていたが、今回の旅における広島は私の中で特別な意味を持っていた。しまなみ海道が一番の憧れであったからである。

 

 以上で今回の旅は終わりである。また旅をすればそのことについてこのようにブログに記そうと思う。拙い文章で恐縮だが、旅日記が誰かの記憶に残ったり、旅行欲をそそるようなものになったりすれば幸いである。