近鉄は日本一路線長の長い私鉄として知られる。大阪から名古屋までを結び、とりわけ奈良県と三重県では存在感が大きい。その近鉄には近鉄週末フリーパスがある。これは4200円で金土日または土日月の3日間近鉄が乗り放題になる切符だ(細かい規定はさておき)。今回はそれを使った近鉄沿線の旅である。なお、一時期あった3000円で3日間乗り放題の切符はもうない。
鶴橋駅には焼肉の臭いが漂うと言われるが、朝っぱらからそんなに臭うことはない。あるいは私の鼻が鈍感なだけかもしれないが。そして、ここがこの旅のスタートでありゴールだ。しばらくホームで待っていると、大阪線急行五十鈴川行がやってきた。
大阪線に乗ってまずは伊勢志摩に向かう。五十鈴川で普通鳥羽行に乗り換えようとすると、ポケモンのミジュマルのラッピング車がやってきた。山田線・鳥羽線・志摩線の間を走っているラッピング車のようだ。車内まで隈なくラッピングされたその車両に乗り込み、鳥羽に向かう。
鳥羽に着くと、駅のホームにもミジュマルがたくさんいた。それらに癒されながら、伊勢湾フェリーの乗り場を目指す。何かがおかしい。これは近鉄沿線旅行じゃなかったのか? 正直に言えば、「ほぼ近鉄沿線旅行」である。ここでいきなり近鉄沿線を外れて、伊勢湾フェリーで伊良湖に向かう。
伊良湖は愛知県の渥美半島の先端に位置する。田原市に属し、愛知県の最南端だ。伊良湖に降り立つと、小高い山を囲むように整備された遊歩道を歩いていく。
しばらく歩くと伊良湖岬灯台が見えた。何の変哲もない灯台だが、海岸線に佇むそれにはそこはかとない趣がある。
更に歩いていくと、恋路ヶ浜と駐車場、そして飲食店が並んでいるのが見えた。恋路ヶ浜は綺麗な弓形の海岸線だ。名前も素敵で、恋人の聖地とされているようだ。私は一人旅だし、そもそも恋人もいないのでお呼びでないかもしれないが、その綺麗な海をしばらく眺めていた。
伊良湖を後にすると、鳥羽に戻り志摩線で賢島へ向かう。賢島で下車すると、目と鼻の先に英虞湾クルーズの切符売り場があった。賢島エスパーニャクルーズといって、大航海時代のカラック船をモデルにした船「エスペランサ」に乗って英虞湾を周遊するのだ。1700円という値段は少々高く感じたが、せっかくなので乗ることにした。
賢島港を出港すると、複雑に入り組んだリアス式海岸である英虞湾をゆっくりと進んでいく。所々で英虞湾内の島や産業などについての解説がアナウンスされる。英虞湾の島々の大半は無人島で、主要産業は真珠養殖のようだ。
英虞湾をぐるっと回った後、10分間の真珠養殖見学の時間が設けられる。船を降りて工房に入ると、おばちゃんが真珠の作り方を実演しながら解説してくれた。また、真珠のお土産も多く売られてあった。安いものから高いものまで様々な真珠があるようだった。
工房見学を終えると、すぐに賢島港に到着してクルーズは終わりを迎える。船を降りて次の鳥羽方面の電車を待つが、ここで時間が空く。すると、賢島駅内に伊勢志摩サミットに関する展示室である伊勢志摩サミット記念館サミエールがあることに気づいたので入ってみた。
そこでは三重県のサミット誘致活動や三重県の特産品などが展示されており、故・安倍元首相が演説をしている映像も流されていた。あまり時間がなかったのでじっくりとは見られなかったが、待合室でただぼーっとしているよりは余程有意義な時間を過ごせた。
賢島を発つと、次は志摩横山駅で降りた。志摩市の中心・鵜方駅の隣の、信用乗車方式のICカード改札機が置いてあるだけの無人駅だ。ここが一応、英虞湾を見渡せることで有名な横山展望台の最寄駅となる。しかし、ここからはかなり歩く上にきつい階段も待っている。
最初はなだらかな坂道を登っていく。歩いている人はほとんど見当たらない。退屈な山道を数十分ほど歩くと、横山ビジターセンターに着いた。ここからが地獄だ。
徒歩で来た人のために階段の道が用意されているが、その段数がまた多い。延々と続く階段に息切れしてへたり込みながらようやく横山展望台へと辿り着いた。しかし、空は曇っていた。
晴れた英虞湾を見たかったのにという思いと、晴れていたらあの階段はもっときついものになっていただろうという思いが綯い交ぜになり、複雑な心境だったが、展望台からの景色は曇っていても目を瞠るほど美しいものだった。先程クルージングしてきた英虞湾の景色が一面に広がっていた。
流石に疲れ果てて展望台のベンチに座り込んだ。汗を拭い、水分補給をし、しばらく佇んでいた。空が晴れる様子はない。それでも歩いてこの景色に辿り着いた私は、車で楽して来た人たちより感慨深いものを見ているに違いないと信じて止まないと負け惜しみのような気持ちを抱く。別に車の免許を持っていないわけでもないのに鉄道旅に拘っている自分のせいなのに。
日が暮れ始めた頃、下山し始めた。階段はあっという間に下りてしまえたが、緩やかな下り坂は距離が長いのでやっぱり時間がかかる。ここで街灯のないことに気づき、真っ暗になったらどうしようと一抹の不安を抱えながら、完全に闇に呑まれる前に何とか志摩横山駅に辿り着いた。そして伊勢中川行に乗り込んだ。
五十鈴川で降りると、上本町行の急行と接続するらしい。そして伊勢中川で名古屋線急行とも接続する。この接続のよさは素晴らしい。乗換案内に言われるがままそのルートで四日市まで向かった。この日の宿泊地だ。
四日市に着くと、たくさんの人が夜の街を歩いていて、久々に都会に来たような気分になった。もっと都会からやってきたにもかかわらず。その足で私は四日市名物・トンテキを食べに行った。
お店は繁盛しているようだった。「空いている席にどうぞ」と言われ、一人旅なのに4人席を陣取ってしまった。お店はトンテキの他にラーメンも提供しているようで、両方食べている人もいた。よく胃に入るものだと思った。
私はダイエット中なので分量の少ないトンテキコマギレを注文する。しばらくして、山盛りのキャベツの千切りが添えられたトンテキが到着した。味はにんにくの効いた秘伝のたれでたいへん美味しかった。この分量でも私は十分お腹いっぱいになった。
店を出ると、ネカフェに向かう。四日市の快活クラブは駅からそう遠くないところがありがたい。ネカフェに到着すると、疲れ果ててそのまま倒れ込んだ。薬だけは忘れずに飲んで、そのまま眠りに落ちた。
2日目はいきなり温泉から始まる。四日市から伸びている盲腸線である湯の山線に始発に近い時間に乗って、湯の山温泉を目指す。湯の山温泉駅で降りると、アクアイグニスの案内があった。アクアイグニスは湯の山温泉内の複合的なリゾート施設で、日帰り入浴は6時から24時までと長時間休まずやっている。しばらく歩いて温泉に着くと、まだ朝早いのに既にそれなりの人と車があった。
温泉は100%源泉掛け流しで、泉質はアルカリ性のようだった。肌がすべすべになることから「美人の湯」と呼ばれているらしい。内風呂からは竹林が見え、露天風呂や寝湯もあり、贅沢な温泉だった。流石小綺麗なリゾート施設だと感じた。
温泉を出ると、少しだけ土産物屋を物色し、結局何も買わずに湯の山温泉駅へ。そこから四日市に戻ると、ちょうど松阪行の急行がやってきた。これで次は松阪に行く。
松阪駅はJR紀勢本線と近鉄山田線が内部で繋がっており、完全に共同駅となっているようだった。JR側の改札機に近鉄の切符を通して大丈夫か不安だったが、通すことができた。そして松坂城を目指して歩き始めた。この日はこれ以降、お城ばかりを見ていく。
松坂城は日本100名城に選ばれている。天守は現存せず、復元もされていない。平山城なので階段を上っていく。本丸には天守台だけが残されていた。
城を出ると、目の前に御城番屋敷があった。黒い瓦が葺かれた古い家々が並んでおり、その一つは見学することができた。他の家には今も人が住んでいて生活しているという。例えば白川郷などがそうだが、自分の家が観光地というのはどういう気分なのだろうか。
御城番屋敷を後にすると、松阪駅に戻り、伊勢中川へ。伊勢中川から上本町行急行に乗って伊賀神戸を目指す。寝過ごして名張まで行くというミスも犯したが、折り返して何とか伊賀神戸に到着。
ここで近鉄沿線を離れて伊賀鉄道に乗り換える。伊賀鉄道は近鉄大阪線の伊賀神戸駅からJR関西本線の伊賀上野駅までを結んでいる。伊賀市の中心は上野市駅なので、上野市駅で下車すると、上野市駅より大きな文字で忍者市駅と書いてあり、伊賀流忍者を強く推していることが窺い知れた。そして駅と伊賀上野城は目と鼻の先だ。
伊賀上野城も日本100名城に指定されており、こちらは復元された立派な天守がある。築城名人として知られる藤堂高虎が大改修した城郭だ。中に入ると、兜や鎧や刀剣などが展示されている。忍者と関係が深いからか、子供が多かった。中には忍者の恰好をした子供もいた。しかし私には時間がなかったので、忍者のことまで詳しく知ることはできなかったのが悔やまれる。
上野市から伊賀神戸に戻って、また西に進む。大和八木で乗り換えて橿原線急行京都行に乗る。次に降りたのは郡山駅だ。
大和郡山城は続日本100名城の一つであり、天守はないが本丸に天守台が残っている。天守台からは街を見下ろすことができた。また、追手門と追手向櫓は復元されており、見応えがあった。
郡山駅に戻ってくると、更に北へ。この日最後に向かうのは伏見桃山城だ。橿原線急行京都行は大和西大寺から京都線に入り、そのまま北進していく。丹波橋駅では多くの人が降りていった。
丹波橋は近鉄京都線と京阪本線の2路線が乗り入れ、乗換客は多いが、繁華街などは一切形成されておらず乗換に特化した駅だった。ただの住宅街を、これで道が合っているのかもよくわからずに歩いていく。日の入りは既に過ぎ、空が暗くなり始めていた。急がねば。
何とか真っ暗になる前に伏見桃山城に到着し、写真を撮る。伏見桃山城は立派な模擬天守が建っているが、往時のものとは違うらしく、内部も公開されていない。伏見桃山城キャッスルランドという遊園地があった頃は人も多く訪れていたようだが、今は寂れた公園となっていた。日本100名城にも続日本100名城にも指定されていない。それでも豊臣秀吉と関わりの深い伏見桃山城模擬天守は迫力があった。
丹波橋に戻ってきた頃には日が暮れていた。また近鉄に乗って北進を続け、いよいよ京都駅へ。京都駅はいつも通り人でごった返していた。そこから地下鉄烏丸線と阪急京都線を乗り継いで大宮駅で降りた。ここがこの日の宿泊地だ。
せっかく四条大宮まで来たので、つけ麺を食べていこうと少し歩く。到着したラーメン屋で期間限定のつけ麺を注文して着丼を待つ。しばらくしてやってきたつけ麺は濃厚でとても美味しかった。〆のご飯も美味しかった。
空腹を満たすと今度こそネカフェに向かった。この日は多くの場所に行ったので本当に疲れていた。シャワーを浴びるのは明日の朝でもいいと思った。そのまま倒れ込んで就寝した。シャワーは深夜に中途覚醒した時に浴びた。
3日目は四条大宮からバスで高山寺へ。西日本JRバスの高雄・京北線に乗って栂ノ尾で下車する。しばらく道なりに歩くと高山寺表参道があった。
高山寺は世界遺産「古都京都の文化財」の構成遺産の一つで、鳥獣戯画を所蔵していることで知られる。ややマイナーなお寺だが、主要な京都の神社仏閣は粗方行き尽くしているので今回はここに来た。
表参道には少しの階段や坂があったが、まだ午前中でさほど暑くもなく、森の中で日陰になっているので苦ではなかった。金堂に参拝し、高山寺を中興した明恵上人の御廟や開山堂も巡っていく。その後、鳥獣戯画が保管されている石水院に赴いた。
石水院は国宝に指定されている庭園及び学問所である。ここは入館料が要る。少々高いが中に入って見学した。内部は撮影禁止なので外観の写真しかない。
高山寺を後にすると、京都駅に戻り、近鉄沿線旅行の続きを始める。まずは京都線で大和西大寺へ。そして奈良線で生駒に行った。
生駒駅は近鉄百貨店が駅前に建っており発展した駅だ。それと反対側の出口のショッピングモール・アントレいこま内を突き抜けていくと鳥居前駅があった。これは生駒ケーブルの起点となる駅だ。週末フリーパスはケーブルも乗れるのでここから生駒山を登っていく。
ケーブルカーは生駒山上遊園地に子供を呼び込むためか動物を模したかわいらしい外観をしている。5分程度の間、そのキャラクターの声でアナウンスが入る。犬のブルと猫のミケがいるらしいが、私が乗ったのはミケだった。あっという間に宝山寺駅に着くと、生駒山上遊園地方面への乗換案内がなされた。
しかし、流石にこの歳で一人で遊園地というのもつまらない。それより私の目的は宝山寺(正確には寶山寺)にあった。宝山寺は生駒聖天さんとして親しまれ、多くの参拝客を集める寺社である。宝山寺に行くにも階段を上らねばならなかった。しかし横山を思えばこれしきのこと、何てことないと自分に言い聞かせながら階段を上る。
お寺なのに鳥居があるのも変な感じだが、鳥居を潜って階段を上っていくとようやく本堂に着いた。本堂や宝塔などで構成される寺院の中心部は目を瞠るものがあった。圧倒的な規模に驚きながら、雄大な山の中腹にある寺院に参拝。奥の院までは行く体力がなかったので、その後はしばらく近くのベンチで休んでいた。
階段も下りは楽で、すぐに宝山寺駅に着いた。折り返して鳥居前駅に到着すると、生駒駅に戻る。生駒からは奈良線急行に乗って一駅、次は石切で下車した。
石切駅を出るとすぐに鳥居が見える。ここからもう石切剱箭神社の参道が始まっているのだ。ふと家々の間を覗くと、大阪市内の高層ビル群のスカイラインが見えた。これも石切名物だ。
神社に着くとお百度参りをしようと境内をぐるぐる歩いている人が何人もいた。ここはお百度参りで有名で、そのための石が置いてあるのだ。お百度参りとは、その名の通り100回神社に参って願いを叶えようというものだ。だが、私にはそんな体力も時間もない。普通に参拝して、少し境内を散歩した。
神社を後にすると、新石切駅に向かった。新石切はけいはんな線の駅で、石切とは対照的に山の麓にある。さっき下ってきた急な坂道を上りたくないので、こちら側に来たのだ。そしてけいはんな線で再び生駒へ。
すると、三宮行の快速急行がやってきた。これは生駒を出ると鶴橋までノンストップだ。途中、石切を過ぎた辺りでまた大阪市の聳え立つビル群が見えた。そしてそのまま電車に乗って鶴橋に到着した。
最後に生野コリアタウン(御幸通商店街)に寄った。鶴橋駅から南東に向かってアーケード街(鶴橋商店街で、ここもコリアタウン)を通り抜けていく。
アーケードが終わってからもしばらく歩いていると、生野コリアタウンへの入口が見えた。鶴橋が最寄駅とされるが、住所的には桃谷だ。その一角を折れると、多くの女性客で賑わうコリアタウンがあった。
生野コリアタウンは元々在日韓国・朝鮮人が多く住んでいた地域で、日本最大の巨大なコリアタウンであり、近年の韓流ブームに乗ってとりわけ女性からの関心を強く集めている地域である。この日も多くの人がいて、結局今回の旅で一番混んでいたのはここだった。
商店街は多くの飲食店やコスメ店などが犇めいていた。キムチや、最初に言及した焼肉なども朝鮮半島からもたらされたものだ。街中にハングルが溢れ返っているのはやはりテンションが上がった。何かを買いに来たわけでもないが、その商店街をK-POPを聴きながら端から端まで歩いていった。BLACKPINKのPink Venomだ。韓国料理に明るくないので、街は私の知らない料理で溢れていた。
商店街を出ると、また鶴橋駅に戻った。旅のスタート地点に戻ってきて、旅が終わる。近鉄沿線は広く、沿線には色んな観光地があることがわかった。また、旅の道中で新たに行きたいところも増えてしまった。近鉄週末フリーパスはいい切符だ。また近鉄沿線を旅しようと心に決めながら大阪環状線に乗り込んだ。