潮騒、某、暮れ泥み

小説のような旅行記を。

宮崎・鹿児島旅行

 青春18きっぷなどを使った鉄道旅も、JRの在来線の大半に乗ってしまった今となっては、行く場所が居住地から遠いところばかりであったり、行きたい場所が分散していたりして、列車の本数などの問題も相俟ってなかなか厳しい状況になってきた。段々と纏まった旅がしにくくなる中、今回はついに、沖縄以外では初めての、JR縛りでも行ける宮崎までの道をLCC往復でショートカットすることにした。そろそろ鉄道旅なのか怪しくなってきているが、宮崎・鹿児島の2県だけを18きっぷで回るという、幾分か丸くなったような緩い旅程を立てた。

 この旅は4泊5日ではあるが、最初の1日はほとんど宮崎への現地入りだけを目的としている。昼過ぎに関西空港に着いた私は、peachの搭乗券を発行し、手荷物の7kg制限もちゃんと対策して問題なく保安検査を通過した。搭乗開始までの暇な時間を、煙草を吸ったり、売店缶チューハイを買ったりして潰した。やがて搭乗の案内が始まると、自分の席番号を確認して、人々の流れについていくように飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

 飛行機が滑走路を移動し始め、離陸すると、私はすぐに眠ってしまった。起きた頃にはそろそろシートベルトをして着陸態勢に入ろうかという時間になっていて、機内で飲もうと思っていた缶チューハイを取り出すと、既に温くなってしまっていた。その上、ストロング系ではない度数の低いものなので、物足りなさを感じながら宮崎空港に着いた。

 

 

 宮崎空港は、愛称を宮崎ブーゲンビリア空港という。無関係だが、ブーゲンビリアという花の名を聞くと、京都アニメーション制作の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』というテレビアニメ及び映画を思い出して、心の中でアニメの名場面に涙ぐみ意識を空想に飛ばしながら宮崎空港内をうろうろしていた。ポケモンのナッシーのアローラのすがたを模した、恐らく等身大に近い巨大なモニュメントがあったり、一時間ごとに日本神話の場面をからくり人形が再現するからくり時計があったりと、宮崎の特徴を端的に表現するようなものが多くあった。大都市の国際空港とは違う、訪れた者に地域性を感じさせる空港には、いい意味で田舎でしか味わえない風情がある。

 

 

 

 そうして空港自体を見て回っているうちに、宮崎空港駅から宮崎駅の方へ向かう宮崎空港線日南線日豊本線を直通する延岡行の列車がやってきた。空港駅のホーム、線路の向こうのガラス壁にもブーゲンビリアがあしらわれ、高架下からホームの高さまで多くのヤシの木が伸びている。ある種のテンプレートのような南国情緒を感じさせる駅舎から列車は発車し、数駅で宮崎駅に到着した。中心駅と空港駅が近いのは、陸の孤島とも呼ばれる宮崎の空路面での利点である。

 夕方の宮崎駅に降り立つと、以前宮崎を訪れた時にはまだ工事中であった駅舎と駅前が完成しており、綺麗で垢抜けた宮崎駅にテンションが上がる。それはいいのだが、着いた時間が微妙すぎて、これから観光することもできないが繁華街で夕飯を食べたりするには早すぎるという状態のまま、宮崎駅から少し歩いた所にある市内の中心繁華街の細い路地裏などを行ったり来たりして日が暮れるのを待った。

 

 

 ようやく夜の帳が下りた頃、辛い料理が好きな私は、まず真っ先に宮崎辛麺の店へ入った。辛さは何段階にも細かく分かれているが、その店で最大の30辛を注文した。麺は中華麺もあるのだが、こんにゃく麺が宮崎辛麺では標準的であるということで、それを試してみることにした。やがてかなり大きな器になみなみと真っ赤なスープが注がれた辛麺が到着した。こんにゃく麺は名前通り中華麺より灰色がかって食感も慣れない不思議な感じがした。スープの辛さは私にとっては程よい感じで、ピリ辛感を楽しみながら、かなりの量があったスープまで飲み干して店を出た。

 

 

 その日はそれだけで、後は駅から離れていつも通りのネカフェ泊。翌日以降の本格的な観光に備えて早めに就寝した。

 

 翌朝、まだ空が明るみ始めたかどうかというくらいの時刻に宮崎駅に着いて、18きっぷを使用して日豊本線延岡行に乗った。ちなみにこの旅程の中では18きっぷを3日分消費する予定になっている。早起きをした反動で列車内で眠りこけていると、いつの間にか延岡に着いていた。

 

 

 延岡は以前に大分は佐伯側からいわゆる宗太郎越えをして訪れたことがある。その時と変わらずお洒落な駅舎だ。駅前にはエンクロスという施設があり、一定の地域拠点性があるとはいえ、この立地で蔦屋書店やスターバックスが入居し、図書館のような施設もあって、ずっと居座っていたくなる。

 とはいえ、わざわざここまで来たのには当然理由があるわけで、しばらくエンクロスで待った後、やってきた路線バスに乗り込んで、ずっと山奥へ。宮崎交通路線バスの1日乗り放題乗車券のおかげでかなり割引かれてはいるものの、それでもそれなりの運賃とかなりの時間をかけて、隣県・熊本の阿蘇にまで迫る神話の地・高千穂峡へとやってきた。

 バス停から高千穂峡まではそれなりに距離があり、道中で先に高千穂神社に辿り着く。大きな鳥居を潜って、高木に挟まれた静謐な参道の石階段を上ると、わざとそう造ったかのような派手な色のない落ち着いた拝殿と、根本から二手に分かれて伸びた夫婦杉などがあった。高千穂は神話上初代天皇とされている神武天皇ゆかりの地であり、宮崎空港のからくり時計が見せる神話の舞台でもある。その後、神武天皇日向国から大和国へと渡ってそこに都を作ったとされているので、日本史上大半の間は後に畿内と呼ばれる範囲に都が置かれてきたのであるが……。そのような神話上の天皇家の黎明に思いを馳せながら、他にもいくつかの建築物があるのを見て回って、神社を後にすると、坂道を下って峡谷の方へ向かう。

 

 

 

 すると、次第に深い谷とその下を流れる清流、そしてその高低差を流れ落ちていく真名井の滝という滝が見えてきた。高千穂峡の代表的な景観で、自然の雄大さを感じられる絶景であろう。付近には他にもチョウザメなどがいるらしい池や、水族館などもあったが、水族館にまで立ち寄る時間的余裕はなく、滝の轟々と落ちる様と、峡谷に浮かぶボートに乗る観光客などを眺めていた。

 

 

 

 色んな角度から滝と峡谷を眺望して満足すると、バス停へとまたやや長い道を歩いて行った。天岩戸などは距離があり徒歩で行くことは厳しいので、少し名残惜しさを感じながらも、再び長い時間をかけて延岡駅まで戻ってきた。その後は乗り潰しに時間を割くこととし、日豊本線都城駅まで行くと、わざと吉都線に乗って遠回りして吉松へ、それから肥薩線で終点の隼人まで乗って、日豊本線に復帰して鹿児島中央駅に着いた。ちなみに、肥薩線の八代〜吉松間は、2020年夏の豪雨の影響で、この記事を執筆している現在でも未だ不通のままである。JR在来線による熊本県から鹿児島県への移動が断たれて久しいので、一刻も早い全線開通を願うばかりである。

 

 

 到着した頃はすっかり夜であった。鹿児島中央駅からは歩いて、鹿児島市の中心繁華街である天文館へと向かう。鹿児島ラーメンを食べて行こうと目当ての店に向かうが、行列ができていたので一旦ネカフェに入って休憩し、しばらく待った後にブースに荷物を置いたままもう一度その店を訪れると、今度は行列がなくなっておりすんなり店に入ることができた。

 鹿児島ラーメンは豚骨ベースのラーメンで、一見同じ九州にある博多ラーメンや久留米ラーメンの系譜かと思いそうになるが、どうやらそういうわけでもないらしい。地理的に沖縄の豚食文化の影響を受けているらしく、博多や久留米のようなスープの白濁は見られず、また大根などの漬物がついてくる店舗が多いらしい。私の訪れた店でも、まず大根の漬物が提供されて、その後しばらくしてから豚骨ラーメンが提供された。ラーメンの上には大きなチャーシューや葱が乗っており、漬物もあることを考えると非常にコスパがいいと感じながら麺を啜り始めた。深夜なので飲み会の〆に来ていると思しき客も多く賑やかな店内で、鹿児島の味を堪能して、また元いたネカフェに戻った頃には日付が変わっていた。翌日の旅程のことも考えて、短めの睡眠をとった。

 

 

 

 日が昇り始め白んできた空の中、天文館から中央駅まで市電に乗る。西日本は市電が残っている都市が多く、この独特の少しレトロな風情が旅情を掻き立てる。鹿児島中央に着くと、3番のりばへ。今日の主役は指宿枕崎線、これを端まで乗って往復し、沿線を観光しようというわけである。

 

 

 指宿枕崎線山川行が発車すると、寝不足を補うような、暇を潰すような眠りに落ちた。目覚めた頃には太陽がすっかり昇って澄み渡る青空が広がっていた。終点より少し手前の、路線名にも含まれるこの路線の主要駅・指宿駅で降りる。指宿駅の駅前には足湯があったり指宿温泉のパネルがあったりと、温泉を積極的にアピールしていることがわかる。また、同路線にあるJR最南端の駅である西大山駅の記念きっぷが買えたりもする。

 

 

 指宿は温泉で知られるが、普通の温泉とは違う珍しい温泉がある。それは砂むし温泉というもので、地熱で温められた海岸の砂を全身にかけてもらって、湯ではなく砂の温かさで癒しを得るというものである。海が陽光を眩く照り返す海沿いの道をしばらく歩くと、それは見えてきた。

 

 

 流れとしてはこうである。まずは専用の浴衣だけを羽織って、タオルを持参して建物外の海岸の方に出る。すると日除けの屋根の下に専用の温泉エリアがあり、係員が対応してくれて、タオルを頭の下に敷いて仰向けに寝転んだら全身に温かい砂をかけてくれて、そのまましばらくじっと砂に蒸されるように地熱を楽しむ。感覚的には弱めのサウナのような感じであろうか。そしてある程度浸ったら後は自分のタイミングで砂から出て、館内に戻って浴衣を脱ぎ、シャワーで砂を落とした後に普通の温泉に入る、というものである。砂の温泉という全国でも類を見ないものは、新鮮な体験であることはもちろん、意外なほど心地よい砂の温もりに包まれて非常に愉快な体験であった。

 

 

 温泉を出ると、鹿児島湾に面した海岸を眺めながら来た道を駅まで戻る。駅の待合室でしばらく座っていると、いよいよ指宿枕崎線の終点である枕崎駅まで行く車両がやってきた。山川より先に行く列車は本数が少なく、また距離もあるので一日がかりの旅になる。

 しばらく乗ると、最南端の駅である西大山駅に停車した。西大山駅では観光客向けにしばらく停車して駅の撮影をしてもいい時間が設けられ、私を含む多くの乗客が一旦下車して最南端の碑や駅名標などを撮影していた。また、車などで西大山駅を目当てに来ている人もおり、何もない無人駅が一瞬とても賑わった。

 

 

 撮影時間はすぐに終わり、乗客が車内に戻ると、また枕崎を向けて列車が走り始める。開聞岳や池田湖など複雑で起伏の激しい指宿市内に、それらの間を縫うように線路が敷かれており、西大山から若干北に進んでから、南九州市を経由して枕崎市に至る。終点の枕崎駅に着くと、今度は最南端の始発・終着駅という看板があり、最北の稚内駅とは線路の長さとして約3100kmも離れているそうだ。この南に更に奄美や沖縄があることを考えると日本は実は広く長いということを痛感せざるを得ない。稚内市枕崎市は最端同士で友好都市の締結をしているらしい。

 

 

 

 枕崎の名物は鰹である。鮮魚を売ったり海鮮丼を食べたりできる枕崎お魚センターまで歩いていくと、昼営業終了ギリギリの時間で施設内の食堂に入り、鰹丼に茶碗蒸しや沢庵のついた定食を注文した。新鮮な枕崎の鰹は、その立地もあってそう頻繁に訪れて食べられるものでもないので、一口ごとにじっくり味わって鰹の旨味を堪能した。

 

 

 その後は建物外に広がる枕崎漁港や、近くの橋を渡った所にもある鰹の直売所などを見て回って、鮮魚や削り節などが並ぶ店内を物色したりしはしたが、これからも旅が続くのに鮮魚を購入して雑に鞄に突っ込んでおくというのは躊躇われるので、特に土産を買うこともなく駅に戻った。駅の待合室をよく見ると、訪れた人が記録を残していく交換ノートが置いてあり、全国各地からここまで訪れた旅人たちの軌跡が記録されている。それを眺めたりしながら時間を潰していると、枕崎からは貴重な、全線を駆け抜ける鹿児島中央行の車両がやってきて、それに乗り込むとまた長い道を鹿児島市内まで引き返していった。

 

 

 

 鹿児島中央に着いた時点で既に夜であったが、次の日の旅程のためにこの日はまた宮崎まで戻らねばならなかった。日豊本線に乗って、都城での乗継を挟んで宮崎駅に到着した。そのまま宮崎に泊まって、翌日もまた朝早く出発するつもりをしていた。

 

 ところが翌日は寝坊して旅程が狂ってしまった。嘆いても仕方がないので、行く場所を泣く泣く削って日南線に乗った。日南線はほとんど宮崎県内を走っているが、終点付近の数駅だけ鹿児島県内に入る。鹿児島県の東側、大隅半島の鉄道はほとんど廃止されてしまったので、今ではこれが鉄路で大隅に行く唯一の手段となっている。その終点、志布志駅に着くと、ひっそりした道を歩いて、志布志で有名な鹿児島ラーメンの店に入った。

 

 

 志布志のラーメンも鹿児島市内と同じように、豚骨スープのラーメンに漬物がついてくるというものである。まずはスープを啜って豚骨の旨味を味わい、卓上調味料のにんにくを足して更に自分好みの味にしていく。中途半端な時間のため店内にろくに人もいない中、落ち着いてゆっくりをラーメンを食べることができた。

 

 

 志布志駅から徒歩で行ける観光地というのも特になさそうだったので、ラーメンを食べた後は、駅前の鉄道記念公園にある蒸気機関車などを見て、日南線を折り返し始めた。

 

 

 行き先は南宮崎であったが、途中の飫肥駅で下車する。飫肥日南線沿線では屈指の城下町で、黒い屋根瓦の駅舎からしてその風情を窺わせる。駅からすぐの橋を渡って、中心市街を歩いて行き、城跡に近づくにつれ古風な黒い瓦と壁の家屋が立ち並ぶ街並みに入って行き、日の暮れ泥んでいるうちに何とか城門に辿り着いた。

 

 

 

 飫肥城天守は残っておらず、その辺りは高木が林立し地面は苔で覆われたような状態だったが、美しい城門や城壁、石垣などは残っており、十分城内の観光を楽しむことができる。時間が遅く資料館などは既に営業を終了していて、空が段々暗くなってきたので、まだ完全に日が落ちる前に何とか観光を終えて、城を出た。市街地を折り返しているうちに日は完全に沈み、待合室でかなりの時間待って、ようやくやってきた宮崎行の列車に乗り、前日と同じ宿泊地に行って、何とか最低限の日南線沿線観光を堪能することができたことに安堵した。

 

 

 

 

 

 最終日は宮崎市内だけを観光して、18きっぷを消費しないことにしていた。どの道夕方には空港に行かないといけないので、あまり遠出せず臨機応変に動きやすくするためである。そのために宮崎市内の観光はあえて後回しにした。

 宮崎といえばチキン南蛮が有名なので、それを食べに行こうと考えていたが、開店まで時間があるので、朝のうちは駅前のアミュプラザをうろうろして、上にある展望台まで階段を上っていった。一番上ではガラス壁越しに宮崎市街を見下ろせる他、交通神社なる小さな神社があって、ちゃんと鳥居もあった。そこでしばらく街並みを眺めながら休憩して、ちょうどいい頃合いに中心繁華街のニシタチの方へ向かった。

 

 

 

 チキン南蛮で有名な人気店に開店時間より少し前に行くと、既に並んでいる人がいたが、開店するとすぐに席に通してくれたので、あまり待たずに済んだ。名物のチキン南蛮を注文すると、タルタルソースのかかったチキン南蛮の皿と、白米の皿が提供され、チキンを食べながらご飯も食べているとそれなりの量があった。チキンは柔らかくて食べやすく、ソースの甘味とよく調和していた。完食するとかなりお腹が膨れた。店を出ると、自分が着いた時より長い行列が形成されていたので、開店前に来て正解だったとつくづく思った。

 

 

 駅まで戻ると、次は一駅隣の南宮崎で降りた。南宮崎駅の近くには宮交シティというショッピングモールがあり、また多くのバスがここを経由してあちこちへと行けるようになっている。宮交シティに入ると、今度はカレーを食べた。元々少食なので、食べ過ぎだとは思いながらも、宮崎空港で名物とされているそのカレーを、宮崎空港ではない店舗でもいいから食べてみたかったのである。あまり食べられないと思って普通のカレーを頼むと、味としては特徴のない普通のカレーだったが、そこにチキン南蛮が入っているカレーが名物らしい。カレーというよりはやはりチキン南蛮が宮崎の顔なのだなあと思いながら完食し、ちょっともったいないことをしたかなと思いつつもバス停に向かった。

 

 

 

 夕方頃に青島に着いた。青島は海岸から橋で結ばれた小さな島で、縁結びのご利益があるという青島神社が島内の中心に位置し、島全体がパワースポットとなっている。島の周りには鬼の洗濯板と呼ばれる帯状の岩層があり、これも一見の価値がある。読みは訓読みで、中国のチンタオ(青岛)とは関係がない。近くに宮交ボタニックガーデン青島という熱帯の植物などを無料で見られる植物園も近くにあり、そこの営業終了時刻が迫っていたので、まずはそちらを軽く見て回った。

 

 

 

 その後に橋を渡って青島神社に行くと、朱色の門と拝殿があり、ヤシの木が周りに生えていて、南国風の趣がある。神社に参拝した後、周りを見てみると、脇に両側と天井に絵馬が吊るされてそれらに囲まれている道があり、その先はひっそりした森であるが、そこにも小さな神社などがあった。そこで行き止まりなので、引き返してバス停まで戻ってきた。

 

 

 

 

 

 これで宮崎の旅も終わりである。寝坊して行けなかった場所を少し心残りに思いながらも、バスに乗って宮交シティ経由で宮崎空港に行った。時間的余裕があまりなく、素早く搭乗券を発行して保安検査を通り、売店で宮崎限定らしきお茶を買い、関空行の搭乗口前の待合席に座って一安心した。今回の寝坊などのやらかしはあったものの、十分に観光をして、飛行機の時間にも遅れずに済んで本当によかったと胸を撫で下ろした。まもなく関空行のpeachの搭乗案内が始まった。