潮騒、某、暮れ泥み

小説のような旅行記を。世界遺産検定1級。鉄道旅を主として全国を旅しています。

九州北部旅行

 九州は大阪からも距離があるし、ましてや東京からはかなり遠い。だから今まで何度か訪れてはいるものの、さほど行きたいところに行けていないことに気づいた。というわけでこの夏と、恐らくまた近いうちにも九州に行くことになるであろう。この記事はとりあえず先日行ってきた九州北部の旅行に、おまけとして帰路の山陽本線沿いの観光を加えた記録である。

 もう幾度となく往復してきた山陽本線をまたも全線に亘って往復するのは流石にしんどくなってきたので、往路は九州まで一気にショートカットすることにした。ということで夜行バスを予約した私は、博多行の夜行バスに乗るべく難波にやってきた。難波からは四国方面などの中距離程度の所要時間数時間程度のバスと、東京や福岡などの長距離を行く夜行バスとが次々にやってくる。その中で、予約していた通りに博多行のバスに乗ると、座席が初めからある程度傾けられており、ゆったりと座れるようになっていた。間もなく出発し、一通りアナウンスが流れると消灯する。私はちゃんと眠れるか不安だったが、意外とあっさりと寝ることができ、早朝の博多に着くまでに十分な睡眠時間を確保することができた。

 

 

 朝になり、博多駅に着くと、空は晴れ渡っていて旅日和であった。駅前はまだ人通りが少なめだが、これから一日を始めようとする様々な人々が行き交い始めていた。そんな中を18きっぷを使って構内に入り、鹿児島本線に乗って香椎駅で降りた。

 香椎線に乗り換えて、今回は南へと向かうが、一駅乗っただけの香椎神宮駅で降りて、香椎神宮まで向かう。香椎線に乗ったのは乗り潰しという目的もあったが、まだ早朝なのでその時間帯から行ける場所を探した結果こういう旅程になったという事情もある。ともあれ香椎神宮に着くと、大きな正面の鳥居の向こうにはまず池とその真ん中にある末社に続く朱色の鳥居が目についた。そこには後で訪れることにして、とりあえず奥へと進むと、立派な木造の門や朱色の拝殿など神社の中核部分に着く。その拝殿に参って、それから奥を見ると、本殿の建物は工事中のようだった。景観としては少し惜しい時期に来てしまったとも思ったが、ここまでで十分にその静謐な空気感を味わうことができた。

 

 

 

 

 駅に戻ると、ホームには高校生やサラリーマンが多くいて、ちょうど通学・通勤の時間帯であった。彼らの多くは先に来た香椎・西戸崎方面の列車に乗って行った。私はその後に来た宇美行の列車に乗ったが、次の駅に止まるごとに多くの高校生などが乗ってきた。香椎線にそんなに需要があるのかと不思議に思っていると、大半の乗客が長者原で降りたので、なるほどやはりそこで乗り換えて博多方面に向かうのだろうと納得し、乗客の減った列車は終点の宇美まで走って行った。

 宇美駅は香椎線の南側の終点の駅である。駅前には大きなUの字のモニュメントがある、宇美町の代表駅である。私はその音でアイマス高坂海美を思い浮かべていたのだが、Swarmでチェックインするとラブライブ園田海未を思い浮かべた人が出てきたので、もう既に異次元フェスが始まっているのかと思った。

 

 

 冗談はさておき、宇美八幡宮を目指して小さな商店街や住宅街の間を抜けていく。細い道を通っていると本当にこれで合っているのかと不安になるが、看板は確かにその方角を指している。やがて大きな道に出て右折すると、宇美八幡宮の鳥居が見えた。参道は真っ直ぐ拝殿まで伸びており、重厚な門を潜って神を拝む。この神社は安産祈願で知られているようで、裏手に回ると生まれた子の誕生日や名前などが書かれた石がたくさん積み上がっている場所があった。解脱できずに輪廻転生し四苦を味わわされる人生の羅列だ、などと異教の信仰を思い浮かべながら宇美八幡宮を後にした。

 

 

 

 少し筑豊地域の乗り潰しでもしようかと思って、香椎線で折り返す途中、長者原福北ゆたか線篠栗線)に乗り換え、桂川原田線筑豊本線)に乗り換える。原田線は1両編成で本数もかなり少なく、筑豊本線というのは運行系統上は完全に分断されていて旅客案内上でも表示されないとはいえ、桂川以北と比べてこれほど格差があるのかと流石に少し驚いた。原田線の終点である原田駅まで乗ると、鹿児島本線に乗り換えられるので、それで鳥栖駅まで行った。ここから佐賀旅行が始まる。

 

 

 まずは長崎本線に乗って佐賀駅まで。久しぶりに来た佐賀駅は開発が進んでいて、数年前の記憶よりかなりお洒落な駅に変貌していた。新しくできた商業施設を少しぶらついて、それから駅前のラーメン屋に入った。

 

 

 佐賀ラーメンは久留米などと同様に豚骨スープであるが、それよりはマイルドに仕立て上げられたスープで、とはいえ味が薄いということはなく飲み干したくなるスープだった。それから、生卵の卵黄を乗せるのが佐賀流らしく、ある程度麺を食べ進めた後に卵黄を割って細麺に絡ませると、それもまた美味であった。

 

 

 店を出ると、次の列車までまだ時間があるので、手持ち無沙汰ながら喫煙所に行ったりして時間を潰した。やがてやってきたのは長崎本線から佐世保線に直通する早岐行。2路線が分岐する駅は以前は肥前山口という駅名であったが、西九州新幹線の開業に合わせて江北駅へと名前を変えており、まだ聞き慣れない。その江北駅から佐世保線に直通して、西九州新幹線の起点駅でもある武雄温泉駅で下車した。

 

 

 

 武雄温泉駅は在来線側は赤煉瓦で新幹線側は黒壁のシックな雰囲気で、また焼き物を展示・販売するスペースがあったり、西九州の玄関口を謳った幕があったりと、お洒落かつ交通の要衝として出世した感があった。温泉街は在来線側の出口から北西側に行ったところにあるので、案内の通りに歩いていく。日傘を差さずにはいられないほど日光が強く差してくる中を10分程度歩くと、奥に旅館がある温泉街の通りに入った。その道を進んでいくと、やがて両側には旅館、奥には武雄温泉のシンボルである楼門が見えた。楼門は辰野金吾の設計であるというから、武雄温泉の歴史の厚みを感じざるを得ない。

 

 

 楼門を潜ると、公衆浴場があるので、そこで日帰り入浴をした。私が入ったのは元湯で、温泉は源泉に近い熱い湯と、少し温くした湯とがあったが、温い方でもそれなりに熱くて満足であり、熱い方は私には熱すぎた。のぼせない程度に温泉から上がって脱衣所を出ると、休憩スペースになっているところにいくつか自販機があって、そこで定番のコーヒー牛乳を買って飲んだ。湯上がりにこの冷たくて甘い飲み物が本当によく染みる。牛乳瓶を専用の箱に入れると、私は武雄温泉を後にした。

 

 

 

 それで駅に戻ってきたのだが、この日はもう一ヶ所行きたい温泉があった。西九州新幹線の駅名にもなっている嬉野温泉である。嬉野市には在来線がなく新幹線駅が嬉野温泉駅一つあるだけである。しかしその駅も街外れに作られ温泉街から遠いので、新幹線が開通したといえども結局武雄温泉からバスに乗って嬉野温泉街の傍にあるバスセンターまで行くのが適切なアクセス方法であろう。

 バスに揺られること数十分、嬉野バスセンターで降りて通りに出ると、もうちらほら温泉が見える温泉街の中である。その中で、嬉野のシンボル的存在なのが公衆浴場のシーボルトの湯である。それは温泉街の中でも特別な存在で、そこへの案内看板が多く立っているので、それに従っていくと足湯のある湯宿広場があり、そこから反対側の細い道に入っていくと旅館の並ぶ街並みの温泉街らしさが強まっていく。その通りをしばらく歩いた先に蛇行した道路があり、その先に建っているのが赤い屋根の古い洋館のようなシーボルトの湯である。

 

 

 中に入って入浴券を買うと、温泉に入る。湯温は武雄で入った温泉の温い方と同じくらいか、個人的には適温といったところで心地よかった。また、美肌の湯と謳っていた通り、肌がすべすべになった感触があった。温泉の出入口と反対側は窓になっていて、川が流れ橋が架り、その向こうにも木造の建造物が連なる風情ある景色が広がっていた。ここは後で橋の方へと実際に行って、逆に対岸から洋館を眺めもした。

 湯から上がると、2階に展示があるようなので行ってみた。吹き抜けになっていてエメラルドグリーンの手摺りで仕切られた空間を囲むように外側の壁沿いに通路があり、かつては古湯温泉と呼ばれていたこの建物の昔の写真などの展示と、シーボルトと嬉野の間にどういう縁があるのかというようなことを記した展示などがあった。他にも貸切風呂や食堂のような部屋もあったが、誰かいそうな雰囲気はなかった。

 

 

 洋館を後にすると、その近くに同じような朱色の屋根の下にシーボルトの足湯もあった。先客がいたので、軽く手を入れてみることしかしなかったが、無料の足湯が同じ温泉街に二つもあるのはなかなか珍しい気もした。

 

 

 

 バスセンターに戻ると、次はこのバス路線の終点の大村線彼杵駅まで乗っていくことにした。夕暮のバス停から彼杵行に乗る人は私しかいなかった。山の中を抜けて、大村湾の海沿いまで出て、終点の彼杵駅に着く。彼杵は一応快速シーサイドライナーの停車駅にもなっているが、本当に小屋のような田舎の駅舎で、当然のように無人駅である。誰もいないホームでしばらく待っていると、佐世保行の快速がやってきて、意外にもそれなりにいた降りる乗客と入れ替わりに乗り込んだ。大村線の終点の早岐まで行って、佐世保線に乗り入れてやがて終点の佐世保駅に着いた。これまた久々に来た佐世保は、駅こそあまり変わっていないものの、海側のフェリー乗り場や五番街などのイルミネーションがかなり増えたような気がして、真夏ながらきらきらした駅前はさながらクリスマスシーズンのようであった。

 

 

 

 佐世保の食の名物はいくつかあるが、佐世保バーガーは以前食べたことがあるのに対して、レモンステーキはまだ食べたことがなかったので、夕食はレモンステーキにした。賑やかな佐世保の繁華街の一角にある店舗に入って、レモンステーキと、レモンビールなるものを注文した。先に瓶ビールがやってきて、それをちびちび飲んでいると、やがて片面だけが焼けた牛肉の乗った鉄板が到着した。もう片面は鉄板の熱いうちに自分でひっくり返して焼き、肉の上に乗ってきたレモンスライスを絞って食べるというスタイルである。ステーキは、一般的なステーキより薄い肉だったので分量としては多くなく割高な気もしたが、さっぱりとしたレモンで食べるステーキは美味しく、贅沢な夕食となった。

 

 

 店を出て、コンビニで追加のお酒を買うと、アーケード商店街の中にあるネカフェに入った。買ってきたお酒を飲みながら、やがて眠りに就いて初日が終わった。

 

 翌日は寝坊してしまった。朝から九十九島の方へ行こうと考えていたのに、後の旅程との関係でそんな時間はなくなってしまった。泣く泣く昼頃にネカフェを出て、近くのバス停から乗ったのは、平戸桟橋行のバスである。九州の本土の島という意味での最西端から更に橋を渡った向こうの離島である平戸港まで、長い間バスに乗り続ける。松浦鉄道と近い経路で進むので、時々市街地に入ったり、山の中を走ったりしながら、平戸桟橋のバスターミナルに到着した。

 

 

 平戸は16~17世紀にかけて、鎖国以前はポルトガル船やオランダ船などが来航する国際貿易港であった。長崎市の出島の方が知名度は高いのだろうが、かのザビエルも来航し、平戸にもオランダ商館やイギリス商館などが置かれた。一方、城下町でもあって和洋折衷の街並みが今なお残されている。また、天草や五島列島などと共に、江戸時代の潜伏キリシタンや明治以降のかくれキリシタンの生活していた集落跡などが世界遺産に登録されているが、それら構成遺産はどこもアクセスの悪い場所にあるので、今回はまず平戸の中心市街だけを堪能することにした。

 まずは平戸城を目指して歩き出す。平戸城平山城で、港からも天守が見えていた。その方向へと進む途中、石造のアーチ形の橋と、黒い屋根瓦の門や白い壁に空いた狭間、石垣などがあって、そこが市役所であるようだった。イギリス商館の跡地でもあるらしく、目立つ場所以外にも随所に歴史を見出すことができるのが平戸らしいところである。

 

 

 

 その裏手には平戸城の入口がある。亀岡神社という神社と一体になっているようで、鳥居を潜って石階段を上っていく。すると、途中で参道が途切れて、城の本丸へと繋がる階段に変わった。そのまま上るとまずは天守の前に着いて、入城して中の展示を見て回る。展示はさほど多くなく、それも映像だったり子供向けのゲームだったりがかなりの割合を占めているので、文字で解説していたり発掘したものを展示していたりするようなエリアはあまりなかった。それゆえにさくさくと展示を見ていって、あっという間に最上階の展望台に到達した。窓を開けて外をぐるっと一周すると、平戸の街並みや、対岸の本土側の田平の街並み、それからその先の的山大島に続く海が見渡せ、涼しい風が汗を少し乾かした。

 

 

 

 天守を出て裏側に行くと、そちら側にいくつか櫓があり、その先に亀岡神社の表参道と拝殿・本殿を見つけた。なるほど市役所側の入口は神社からすれば裏側だったのかと思いつつ参拝し、階段を下って入ったところとは別の出口に出た。

 

 

 次に向かうのは平戸ザビエル記念教会である。城とは別の方角の小高いところにこれまたエメラルドグリーンの立派な教会が建っているのが下からでも見えるので、その方角に歩いていくと、寺院と教会の見える風景と書かれた案内看板があった。その看板に従い、通っていいのか不安になるような細道を進むと、石の坂が長く続いていて、その途中で案内通り寺と記念教会とが同時に見える場所があった。寺院と教会と坂、まるで概念としての「長崎らしさ」を圧縮したような風景であった。

 

 

 その坂道を上り切って回り込んだところに教会の正面があり、近くで見ると改めてその大きさを実感した。教会の敷地内には、普通に人の住んでいる家も建っていて、そちら側には入らないように規制されていた。教会の内部も、本当に入ってすぐの狭いスペースだけ立ち入ることができ、その柵の向こうに礼拝所本体があるが、そこは写真撮影すら許可されていない。それでも荘厳な教会内部を公開して見せてくれるだけでもありがたかった。

 

 

 

 教会を出ると最初の平戸港の方へと道を下っていく。平戸には他にも見るべきものがたくさんあるが、もう時間がない。海沿いの平地まで戻ってくると、最後にオランダ商館の建物だけ見に行くことにした。本当は中に展示もあるのだが、それを見物するほどの時間が残っていなかったのが惜しい。外観だけを撮影すると、バスターミナルに戻った。

 

 

 

 バスに乗って平戸口駅で降りる。田平地区にあるたびら平戸口駅松浦鉄道の駅で、沖縄のゆいレールを除いて日本最西端の駅である。駅構内には鉄道博物館があり、東西南北の最端同士の繋がりがアピールされ、松浦鉄道国鉄だった時代のものの展示などがあった。それらをしばらく眺めて、後は待合室でのんびり座っていると、伊万里行の列車が来た。

 

 

 

 この日の観光はここまでで、伊万里まで松浦鉄道に乗った後、JRに乗り換えて、筑肥線唐津線長崎本線を経由して鳥栖まで戻ってきた。次の日は久大本線に乗る予定であったが、久留米より鳥栖の方が駅からネカフェへのアクセスがいいので、鳥栖で一夜を明かした。

 

 次は寝過ごすことなくちゃんと時間通りに鳥栖駅へ。たまたま鳥栖発で久大本線に直通する日田行の列車があったので、久留米で下車することなくそのまま日田まで乗っていくことができた。

 

 

 日田駅は黒を基調とした駅舎で柱などにはそのまま木材が使われており、これまた雰囲気のいい駅である。待合室もフローリングに木の扉で、高級感のあるソファーがあったり本棚があったりして綺麗だった。また、日田は『進撃の巨人』の諫山創の出身地であるらしく、進撃のパネルやら、そのキャラクターであるリヴァイの銅像があったりと、一つの町おこしの手段として利用されていた。

 

 

 

 日田は江戸時代に天領として栄えた街で、その中心である豆田町は古い街並みと区割りが残り、重伝建にも指定されている。他に温泉街などもあるが、駅から歩ける距離に日帰り入浴のできる温泉がなさそうだったので、そちらは断念することにして、豆田町の方へと歩いていった。

 豆田町には伝統的な日田の名産を売る店などが軒を連ねており、それぞれの建物は杉下駄の店や雑貨の店、鰻料理の日田まぶしや雛人形の展示など様々であり、往年の繁栄ぶりを思わせる。また、ユネスコ無形文化遺産に登録された日田祇園祭なども有名である。その中でも日田醤油の店内で、雛人形が多く展示されている雛御殿が気になって、入ってみることにした。

 

 

 

 

 日田の雛人形は、天領として栄えた時代に豪商が京や大阪から買い求めたコレクションであるらしく、様々な時代の豪華絢爛な雛人形や雛道具が展示されている。その中でもおきあげ雛や10段飾りの雛飾りは圧巻である。他にも小さな人形や掛け軸、祇園祭の山鉾を何分の一かにした模型など、小さいものまで含めれば本当に数え切れないほどの展示があった。また、ゴシック調の雛人形など現代的なアレンジがなされたものも展示されており、伝統がここまで守られ続けているだけでなく、更なる進化を遂げている様子も垣間見ることができた。

 

 

 

 

 そうしてじっくり眺めているうちに意外と時間が経っていたので、他の店を少し覗いたりはしつつも豆田町の街並み自体を再度楽しみながら抜けていって、久大本線に対して反対側まで歩いていった。昼時なので昼食を取ろうと思うのだが、日田まぶしなどは高くて貧乏人には食べられないので、庶民的でリーズナブルな日田焼きそばを食べに行くことにした。

 日田焼きそばの特徴は、硬くなるくらいまで焼いてパリパリした食感にした麺と、大量のもやしが入れられていることである。それから、豚骨ラーメンのスープだけがついてくる店がいくつかあるようで、それも日田流なのかもしれない。先に豚骨スープが提供され、それをちょっとずつ啜っていると、やがて焼きそばが到着した。食感は確かに硬めの部分もあるが、普通の焼きそばとそんなに変わらないくらいの食感の部分もあり、また大量のもやしにもソースがよく絡んでいて美味しかった。途中で卓上の紅生姜を入れてみたりしながら焼きそばを完食してスープも飲み干すと、思いの外満腹感があったので、白米などは頼まずこのくらいがちょうどいい量だった。

 

 

 店を出ると、まだ少し時間があったが、温泉に入れもしないのに温泉街だけ見に行って時間ギリギリに駅に戻るというのは炎天下の中では耐えられないと思ったので、素直に日田駅に戻った。次は日田彦山線を乗り通そうと思うのだが、添田〜夜明間はもうずっと被災して運休したままで、(久大本線夜明〜日田間への直通も含め)添田〜日田間を代行バスが走っているという状況だったので、駅前に停車している添田行の代行バスに乗り込んだ。ちなみに日田彦山線のこの区間は鉄道としては廃止され、現在はBRTの路線として新たに開業している。私が乗った代行バスは本当に廃止される直前だったというわけだ。

 

 

 大分と福岡の県境付近の山を越えて添田に着くと、BRT専用の道路が既にできあがっており、実際にBRTが試験運転したりもしていて、若干盛り上がってそうな感じであった。そこからはまた鉄道に戻り、田川後藤寺行に乗り、あっという間に着いて小倉行に乗り継いだ。筑豊を抜けて南から北九州市内に入っていき、城野駅より先は日豊本線西小倉駅からは鹿児島本線に直通して小倉に到着した。これですべてではないものの筑豊エリアのJRの乗り潰しがかなり進んだ。

 しかし、次の目的地は博多方面であって、また鹿児島本線に乗って博多駅まで向かう。博多駅に着くと、地下鉄に乗り換えるために歩いていくが、最後に来た時にはまだ開通していなかった七隈線天神南〜博多間が開通しており、七隈線の案内があるのに未だ慣れないまま空港線に乗って福岡空港に着いた。

 

 

 では福岡空港が目的地なのかといえばそうではなく、飛行機に乗る予定はまったくなく、空港沿いに南へ歩いて、ある飲食店へと向かった。それは牧のうどんである。牧のうどんは福岡県西部を中心にチェーン展開しているうどん屋で、今まで何度か食べたことがあるが、いずれも博多バスターミナル店であった。そこは食券制になっていて、食券にあるメニューしか選べない。しかし、牧のうどんにはある種の裏メニュー(トッピングを覚えていれば博多でも再現できるものだが)のようなものがある。それが、牧のうどんを溺愛する声優・麻倉ももがいつも頼むメニューということで、「ももちゃんセット」と通称されているものである。それが通じるのか一度試したくてわざわざ空港店の方に来て、それをオーダーすると、店員はすぐに理解して注文を取ってくれた。しばらくして着丼したものは、トッピングも多くてかしわ飯まである贅沢さで、かなり量が多い。卓上の葱を大量に乗せて勢いよく麺を啜っていき、何とか食べ切ることができた。

 

 

 

 これで今回の九州旅行は終わりで、残りは帰路の山陽本線での観光である。地下鉄で博多駅まで戻った後は、また鹿児島本線を逆走して門司へ行き、そこから関門海峡の向こうである本州の下関との間だけを往復している運転系統に毎回納得いかないと思いつつも下関へ。そこから山陽本線に乗って、この日は防府で降りてそこで泊まることにした。

 

 翌朝、早くから防府市街を歩き始めた。萩往還の歴史を感じる街並みを抜けていって大きな交差点に出ると、防府天満宮の鳥居があった。防府天満宮は北野、太宰府と並び日本三大天神と称される神社で、その歴史は非常に古い。朝早い参道に参拝者らしき人はいないが、多くの人が何やら商品を並べているようであり、バザーか何かが開かれるのかもしれない。そこを通り過ぎて階段を上ると、いつものように拝殿で拝んで、それから周囲の色々な建物や石碑などを見て回った。とりわけ地元の子供たちの書いた習字が周囲の壁沿いに多く展示されているのが目立った。

 

 

 

 天満宮を後にすると、防府駅から再び山陽本線に乗って東へと向かう。まずは山口県の東端である岩国まで行き、しばらく待って次は糸崎行の車両に乗る。そのまま広島駅を通り過ぎて降りたのは、東広島市の西条である。

 

 

 西条は日本酒の酒蔵が狭い範囲に密集している酒蔵通りで知られ、酒都とも称される街である。また、灘や伏見と並んで三大酒処とも称されるが、広島県内には他にも有名な観光地が多くあるせいか、イメージのない人も多いようである。

 着いた頃はちょうど昼時で、昼休憩を挟んでいる酒蔵が多かったので、まずはぐるっと街並みを眺めてみた。風情のある赤褐色の屋根瓦の並ぶ建物と、遠くからでもよく見える背の高い煙突が並ぶ。一通り街並みを眺めてから、いくつか酒蔵に入ってみることにした。

 

 

 

 まず入った賀茂鶴は、西条でも代表的なメーカーで、かつてオバマ大統領にも振る舞われたという。酒造りのプロセスに対する解説を見て、その後ショップのカウンターで試飲を注文した。おすすめされている三種飲み比べを順に飲んでいくと、どれも華やかな香りと飲み口で、細かい違いがわかるほど舌が肥えていないのが残念だが、やはり安酒と違い、いいところのお酒は美味しいと思えたのでひとまず満足した。

 

 

 

 その後もいくつか回ったが、店が開放されているのに店員がいなかったり、その日は試飲がやってなかったりして、右往左往しているうちに時間が過ぎたが、最後にもう一ヶ所、亀齢酒造で試飲をすることができた。こちらは無料で、量もその分少なかったとは思うが、先程ともまた違うきりっとしたお酒をいただくことができた。

 

 

 この辺で予定していた電車に乗る時刻が迫ってきたので、西条を後にして、再び糸崎行に乗り込んだ。しばらく待っていると、珍しい糸崎発姫路行の車両がやってきて、岡山駅で乗り継ぎをすることなく姫路まで行ってくれるので、ゆっくり座り続けることができて助かった。姫路に着くといつもの新快速に乗って大阪方面へ向かったが、途中、三宮で下車して、気になっていたラーメン屋に入ってみた。

 

 

 そこは鯖を売りにしているラーメン屋で、ストロングを注文すると、鯖の身までが混ざっているドロドロの濃厚なラーメンが来て、スープは鯖の旨味だけでなく酸味もあるような独特の味わいで、初めて食べる味だった。麺を食べ尽くしスープも飲み干し、最後に懐石料理などについてくるような薑を食べて、なお味の衝撃を忘れられぬまま店を後にした。そしてまた新快速に乗って今度こそ大阪へ向かった。